“言葉”は氷山の一角にすぎないpart2
松永さんという、社外の素敵な先輩にお会いをし、「よーし、私も松永さんみたいにSNSを使って、自分が日々の生活の中で感じたことをアウトプットするぞ!そして、自分の考えが相手にちゃんと伝わるような表現を磨くぞ!」と思い、ブログを始めた2017年1月。
まーーーーーー
見事に
月日の流れに流れてしまいました。はい、更新が滞っておりました。
昔からですが、私、思い立ったらすぐに行動を起こすその早さはあるんですが、その早さしかむしろなくて、継続することがとても苦手。
ちょっと話は変わるけど、先月から旦那さんと、それぞれ毎月月初にその月の目標を決めて共有をし、月末にどんな1ヶ月になったかをシェアすることを始めました。(気持ち悪いよね)
そして、2月を振り返ってみたら、んまぁ私の未達具合が目立つのなんの。
危機感を感じました。このままやと、自分の夢さえも未達に終わる、嫌や、と。
それと同時にワクワクもしました。「え、こんな私が出来るようになったらめっちゃおもろくない?」と。
てなわけで、3月の目標のひとつ、「毎日帰りの電車で記事を書く」をちゃんと達成できるように頑張ります╰(*´︶`*)╯♡
てことで、今日感じたこと。
【“言葉”は氷山の一角にすぎない】
前にも思ったことがあるこのことについて、改めて痛感することがありました。
採用をしていると、様々な言葉に触れます。
「働く上で重要なのは人です」
「仲間と協力して達成したのが嬉しかったです」
「怪我をして大きな挫折を味わいました」
私自身、就職活動をしているとき、周りと話していてよく聞くような言葉でした。
そしていざ、採用担当者として学生さんと色々お話しするとき、「へ〜この子は人が大切なのか〜」「仲間が好きな子なのね」「挫折を味わった経験があるのか!」と、まぁ
言葉通りに受け止めていました。
しかしなんか、その子のことはどんどん知っていく…つまりその子にまつわる知識は増えていくはずやのに、どうも話が深まらへんよーな気がして、ある時先輩に相談してみました。
そこで言われた一言が、
「抽象的な言葉をその子がどうとらえてるのかを深めて初めて、その子が知れる」
ということ。
また、別の先輩にも相談すると、
「信じるために疑わなあかん」
とのこと…。
目から鱗でした。
例えば
「働く上で重要なのは人です」
→何で人が重要なのか、どんな人だといいのか、それは何故か、過去にも人が大切だと感じたことがあるのか、その過去の出来事と「人が重要」と思う理由はちゃんとリンクするのか
「仲間と協力して達成したのが嬉しかったです」
→協力している過程はどのようなものだったのか、達成したという事実が嬉しいのか喜んでる仲間の顔を見るのが嬉しいのか、仲間の中でどんなポジションにいたのか、それが他のポジションだったとしても嬉しかったのか、達成するまでの過程でこだわったことは何か
「怪我をして大きな挫折を味わいました」
→怪我をしてどんな気持ちになったのか、それまではどんな自分であると思っていた中、挫折を経てどのように自分が変わったのか、具体的にそれはどういうことか、何故怪我の挫折からそのような気づきを得たのか
といった具合。
1つの言葉であっても、その背景には色んな思いや経験が詰まっている。それを知ることで、話が深まり、よりお互いの絆が深まる。
そんな気がした。