てくてく、歩む

家のようにあたたかく、家族のような会話が生まれる、そんなお店の開業を目指しながら、現在は不動産会社で営業と人事のお仕事をしています。平凡サラリーウーマンから夢を叶えるまでの、道のり日記✍️

人との話は、つきることがない。

自分と全く同じ経験をして来た人が、世の中にはいない。そのため、自分と全く同じ価値観の人もいない。

 

最近、人と話すことが好きになっている気がする。その人の「今」が、どのように形成されているかを知れるから。

 

何があって、今があるのか、聞けば聞くほどその人のことを知れる。

旅に出てるような感覚になる。自分の知らない景色を見る感じ。

自分が変わるということ

今日、とある学生さんの話を聞いていて思った。
「幸せ」は、作れるということ。

 

今までは「コーチが理不尽で楽しくなかった」「怪我のせいでチームに貢献出来なくなった」と、外部要因によって充実度に左右されていたその子が、ある時、大学に行く理由が分からなくなり、ひょんなきっかけで海外留学に行くことになった。

 

英語も話せないような状態で、ポンと行ったものだから、当然会話についていけず、また授業もちんぷんかんぷんだった。

 

「やばい、このままやったら来た意味がない」と危機感を感じた彼は、どうしたら会話ができるようになるかを考えた。

 

自分から積極的に会話するだけでなく、居住環境をホームステイから現地の人たちとのシェアハウスに変え、会話をしないと生活が成り立たない環境に変えた。

 

そして、とにかく分からないながらも必死に会話をするように心がけた。

 

すると、徐々に話が分かるようになり、授業についていけるようになり、いつの間にか本当に楽しい掛け替えのない時間になったとのこと。

 

ーとても素敵な経験だなぁ、と、聞いていてウキウキしました。

 

そして、改めて「自分が変わること」「自分が選択をすること」の大切さに気付かされました。

自分の周りは、自分の意思に関係なくゴロゴロと変わっていきます。そんな中、自分が幸せであるためには、目の前の物事を自分が変えていくんだと。

「過去」でも「未来」でもなく、「今」を生きる

今日だいごさんから、昨年採用してた時にどんなことを意識していたか、という話を聞いていた。

 

未来の話はあまりしない、それよりも今をどうするかの話をする

 

この言葉が、すごく自分の中にしっくりきた。

ちょっと昨日感じたことと、違うようで似ている。その感覚を文字にしようっと。

………

 

私たちは「過去」でも「未来」でもない「今」を生きている

 

「将来こんな人になるんだ!」という夢を掲げることは悪いことではない。
ただ、そうやって「未来」に希望を持ち、今を諦めていると、もし明日命が尽きたとき、未練タラタラで死んでしまうことになる

 

「こんな人でありたい」と思うなら、未来に先延ばしするんやなくて、今すぐ、少しでも近づくように動けばいい。

 

少しでも「今」が納得いく状態であるように。

 

1つ1つの、「今」の積み重ねが「未来の自分」でしかない。
てなったら、「今」どうありたいのか。そして「今」そんな自分であれてるか。なれてないなら何を変えなあかんのかを考えて、変えていく。

 

そうやって、少しずつ「今」を求める自分の姿の方へ変えていく以外に、「理想の自分」を叶える方法はないんやわ。

 

ここでのポイントは、「今」というのは、変えることができる唯一無二の存在やということ。

 

昨日、「自分の現在地ばかりを見るとしんどくなる。理想の自分になるために、周りの人巻き込みながら近付くんや」みたいなこと書いた。

 

確かに、何かを出来てへん自分って、見てるとしんどくなる。投げ出したくなる。でも、そこから「理想の自分」になれるかどうかって、「今」自分を変えられるかどうかにかかってる。

 

私たちは、「過去」でも「未来」でもない「今」を生きてるんやから、

夢を語ることも、もちろんいいけど、地に足つけて、「今」を積み重ねる。厚みのある人間であろうと、思わせてもらった素敵な夜でした。

人生は1次関数

昨晩、疲れていてバタンキューで寝て、今日は今まで眠さに耐えられず、家でダラダラしてしまっていた。

 

昨日あんな記事を書いていたのにもかかわらず、今朝は何だかアンニュイ。

たまった仕事のことを考えながら、「動きたくない」と「やらなきゃ」のはざまに立ち、ストレスを感じながらSNSを開き、楽しそうな人の記事を見て、負い目を感じる。

 

読みたかった本を読もうにも、睡魔に勝てずそれさえも出来ない。

 

うーん。困った。なんともリアルな現代を生きるサラリーウーマンだこと。

※本日はお仕事休みなんです。

 

ちょっと、客観的に自分が何でこんな現象に陥っているのか考えてみた。

 

①理想に近づいているという風に思えなかったから

 

目の前のやらなきゃいけないことに追われ、縦軸(時間)においても横軸(人とのつながり)においても、とても狭い範囲で自分を捉えていると、イライラはマックスになり、身動きが取れなくなってしまうんだと思う。

 

もっと、人生は面で考えた方がいいね。

 

理想の自分と今の自分とを、直線で結んだとき、

それは一次関数のように、縦軸と横軸があって、成り立っている。

 

縦軸は、時間。

横軸は、周りの人の協力。

 

今の自分ばかり見ていたら、ずっと私は0点時点で苦しまなければならない。

でも、これが時間とともに、周りの人の協力を得ながら、理想点Xに近づくのであればくすぶっていてもしょうがない。

 

行動しないと。

 

ありを

自分の弱さを受け止める強さ

ある学生さんとお話をしていたとき、すごく感動したことがありました。

 

その学生さんは、「自分の弱さ」を受け入れる強さをもっていました。

 

人は、自分を強く見せたいものだなぁと、色んな人と会話をしていて思います。

私も含め、自分の悪いところ、足りていない部分、弱いところを露呈することを恐れます。

 

しかし、その子は、前を向いているのです。

自分がもっと幸せになるためには、この弱いところや嫌な経験を引きずっていてもしょうがない。それらとどう付き合うかを考えよう。という思考なのです。

 

自分が幸せな生活を送るためには、自分が変えていかないと始まらない。

それを知っている彼女は、とても輝いていました。

 

正直、その子は、

例えば部活動や、学生団体、課外活動や留学など、学生時代に何か大きなことをしていたわけではありません。

 

しかし、自分の弱さと向き合い、克服するために、アルバイトやサークルで、コツコツと努力をして、自分の殻を破っていました。

 

そんな姿が、私はかっこいいと思いました。

 

何をしているか、は重要ではないと思う。

それよりも、自分の人生をより良いものにするべく、しっかりと1歩1歩前を向いて進んでいること、が大切なように思う。

 

言い訳は、もうやめよう。

目の前の1つを成功させること

最近、期末という時期になり、「焦り」ばかりが先走るような、そんな生活を送っていました。

 

しかし、今日、松永さんとやりとりをしているときに「目の前の1つがうまくいかないのに、全体がうまくいくわけがない」と言われ、ハッとしました。

 

全体を見据えること、これももちろん大切なのですが、目の前の1つ1つが出来ていないのに、焦ったところで足下すくわれる。

 

小さなステップを自分に設け、「今日はこれが出来た」「明日はこれが出来るように」「今週はこれが出来るように」と、積み上げられるように、また頑張ろう。

信じるために、疑う

ちょっと、ショックなことがありました。

 

でも、有馬さんから言われた言葉を思い出しました。

 

「信じるために、疑う」

 

人を疑うことって、なんか申し訳ないなって思ってたから、この言葉は目から鱗やった。

 

相手を生半可な状態で信じてしまうと、裏切られて双方の関係が悪くなる。

それなら、信じ通すためにも、ちゃんと確認をする。そのために疑う。

 

大切やなぁ。