てくてく、歩む

家のようにあたたかく、家族のような会話が生まれる、そんなお店の開業を目指しながら、現在は不動産会社で営業と人事のお仕事をしています。平凡サラリーウーマンから夢を叶えるまでの、道のり日記✍️

限りある中での優先順位

昨日の話とちょっと話がずれてしまいそうだけど。

 

これをする、と決めたことであっても、時にはやらないことを決めるということも大切だったりするかなと思った。

 

「あれも、これも、どれも」と思っていても、物理的に時間が足りなくなってしまった。

 

時間も、体力も、有限みたい。

 

やから、時には辞めることも必要やなと。

 

ここで大切なのは、「辞める」ということで、目標に近づけるかどうかというところ。

 

単に怠けて辞める…、つまり、辞める理由が「目標に達するために効果的」という理由でなければやめない方がいい…

 

間違ったやり方を、永遠とやっていても、それは意味がない。優先順位をつけて、捨てるという選択もすごく大切。


効果のないことを捨てることで、効果のあることに割く時間が増える。

 

「そんなん、わかってるわ。」

て、なるよね。(笑)
うん、私もそうだなぁ。

 

優先順位の立て方が分からない
これが効果的なことかどうか分からない

というのが本音の部分。


じゃあどうすればいいのか。

 

多分、周りの頭を使うことだと思う。

これらを達成するために、こういう優先順位でやってみようと思うが、どつか、というのを、自分の頭で考えても分からないなら、とりあえず立てた仮説に対してフィードバックをもらうべき。

 

時間も、体力も、自分の経験量も、限りがあるから。

目標を成し遂げるために必要なこと

昨日、北海道から沖縄まで3000kmを60日間で完走した人の話を聞いてきました。

 

普通だったら走れると思わないし、まず走ろうとも思えないようなことを成し遂げ、そして人に希望を与えるような講演をしてくれた、1人の青年。

 

きっと何か彼を突き動かす特別な理由なり、何かがあって、その目標のために工夫をしてたに違いない、と思って話を聞き始めたのですが、

 

「あれ、走り出した理由特にないの?!」
「え、結構無計画だったの?」

と、なんだか拍子抜けしました(笑)

 

でも、それは、いい意味の裏切りでした。

なにかを「達成する」って、すごく高い志があって、何か特別なノウハウがあるように思うけど、

 

そうじゃない。

 

彼が、人並みでないその記録を出した理由が、

 

●周りに言ったからにはやらなきゃという強い思い
●自分には出来るという確信
●毎日の積み重ね(1日50kmがマストだったらしい)

 

根性論みたいだけど、ほんとにそれだけだった。

強い気持ちと、必ず決めたことはやるという、すごくシンプルなことを大切に守り、あとは流れに身を任せていた、ただそれだけでした。

 

この話を聞いて、思ったのは、

結局何かが達成できなかったときって、誰のせいでもなく、シンプルなことが出来ていない自分のせい。

 

で、そうなってしまう原因は、どこかで諦めてしまっているから。

やってやるという気合が足りないから。

 

何となく生きていたら、絶対に達成しない。

「絶対に成し遂げる」と思ったら、何となく生きてられない。常に考える。

 

そういえば、このブログって、目標を成し遂げるための通過点として始めたはずやのに、全然書けてなかった…。

 

言い訳ばかりつくってました。今日から毎日更新します。

 

今日から私も、全てにおいて諦めずに生きる。

話をする上で大切なこと

人がこう言ってたんだって話ではなく、

 

それを聞いてわたしはこう思った

 

の話こそが、大切

人との関係を築く上で大切な「対話」

対話は、今の自分と相手との違いに触れる体験を通して、新たな自分になる経験をするための手段だと思う。

 

なので、対話をするにあたり大切なことは、「聴く」と「伝える」の両方をしっかりとすることかなぁ、と。

 

聞いてばかりで相手に合わせているだけでは、自分と相手にどんな違いがあるかさえも分からない。

 

し、別に話を合わせておけばOKやから、真剣に相手の話を聴く必要はない。

 

いくらロジックがしっかり通っていても、論理武装して伝えてばかりいたら、それは単に相手をねじ伏せて自分が強い立場に立つだけであり、相手と健全な対話という経験を積むことはできない。

 

相手の価値観と、自分の価値観を伝え合い聴き合うことで、それぞれの価値観に触れ、お互いが、また新たな自分になる。

 

そんな、素敵な経験をともに愉しむことが、「対話」だと思うし、この「対話」を大切に生きていきたいなぁ🤔💓

ゲームのように人生を楽しむ

学生さんから、時々こんな質問を受ける。

「仕事、楽しいですか?」

 

私はこの質問に対して即答するようにしている。「楽しいで!」と。

 

時々こんなことも言われる。
亜里沙さんって、すんごい楽しそうにお仕事の話しますよね」と。

 

両方、嘘をつこうとして、偽ろうとしてなっているわけではない。

でも、仕事をしていたら楽しくない時や、投げ出したい時もある。

 

ただ、目の前の仕事を、「楽しい」と思うか「面倒臭い」と思うかは、自分次第だったり。

 

そら、しんどいときはある。プレッシャーも感じるし、怒られるときやってある。うまくいかへんくてイライラするときもある。

 

でも、だからと言って、一生の終わりかと言うとそうではない。イライラしようと、クヨクヨしようと、常に人生は進んでいる。

 

どうせなら、その逆境をどう変えていくか、どう攻略するかを、ゲームのようにワクワク進められたら、もっと人生楽しいんちゃうかな

 

今目の前にある、全ての経験が、未来の自分を作り出す。ならば、その辛かったり嫌だったりすることがプラスに転じるようにすればいい。

 

さぁて。明日はどんなゲームを攻略しようかな。

価値観

価値観って、何なんだろう。
いつ形成させるんだろう。

価値観…「〜したい」と思う基準?

その基準ってどうやって形成されるのだろう。

「〜したい」に対してちゃんと行動できる人と出来ない人の違いは何なんだろう。

 

人と何かを作り上げていく時に、必要なこと

今日、太樹、ざっきーと話していて感じたこと。

 

人と、共に何かを作り上げて行くとき、互いに思っていることを対話することは、とてもとても大切なんだなと思った。

 

自分の出来てないことやしんどいと思ってること、悩んでること、それらを相手に言うことって、何だか怖い。それは、自分の未熟さを露呈することで、嫌われるような気がするから。

 

しかし、そんなことは、どうでもいい。

 

なぜなら、自分だけでその「作り上げたい物」を作り上げる必要はないから。

 

「共に」作り上げて行くのだから、自分にも相手にも責任がある。

 

「他責」のように、相手に全て責任がある!と思い、そのせいによってうまく行かないと思うのは確かに良くない。そうしている以上何も変わらない。

 

だけども、共に作っている以上相手「にも」責任がある。

 

そして、相手に責任があると思っている原因が自分にある場合もある。

 

各々が思っていることや置かれている環境について、伝えること、聞き入れること、両方をすることによって初めて、「作り上げたい物」を作るための課題が見つかり、その課題を解決し続けることで「作り上げたい物」が形成されていく。

 

人って、相手との関係を→← こう見てしまいがち。
だから遠慮するし、相手からの目が気になるし、言えなくなったり聞き入れたくなくなったりする。もしくは、相手に、たくさんのことを求めてしまう。相手がこうだったら、と思ってしまう。

 

仲間やパートナーは、そういう関係性じゃない

 

↑↑これやと思う

ある目的に向かって、共に歩みを進める相手。対峙するのではなく、対話を重ねて、溝を埋める。作り上げていくためには、もっと、お互いこうあろうよ、という対話が生まれる。

 

あぁ。それをする勇気を持てば、何だかもっと楽しくなりそうだなぁ。